しずちゃん山崎静代がボクシング引退!その理由がヤバイ…2ch「トレーナー梅津正彦氏ががんの病気で死去した影響ありそう」「南海キャンディーズも解散やな」

しずちゃんがボクサー引退 36歳、体力の限界で….

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お笑いコンビ「南海キャンディーズ」のタレント「しずちゃん」こと、アマチュアボクシング女子ミドル級の山崎静代選手(36)=よしもとクリエイティブエージェンシー=が体力の限界を理由に現役引退したことが15日、分かった。12月18日に大阪市内で記者会見する予定。

山崎選手はテレビドラマでボクサー役を演じたことをきっかけに、タレント業と両立しながら2011年にデビュー。ボクシング女子が初実施された12年のロンドン五輪出場を逃し、昨年の世界選手権は1回戦で敗退した。出場2人の昨年の全日本選手権で優勝したものの、ことし8月のアジア選手権は体調不良で欠場していた。

9月に本人から引退の報告を受けたという日本ボクシング連盟の山根明会長は「真剣に練習に取り組む姿は立派だった。競技の普及や発展にとって最高の貢献者だ」とねぎらった。

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山崎静代(やまさき しずよ、1979年2月4日 – )は、日本のお笑い芸人、元ボクサー。お笑いコンビ南海キャンディーズのボケ担当。相方は、“山ちゃん”こと山里亮太。愛称は、しずちゃん。京都府福知山市出身、大阪府茨木市育ち。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。聖和大学短期大学部卒業。身長182cm、体重79kg。

5000gという大きめの体で産まれた。茨木市立春日小学校、茨木市立西中学校出身。中学生時代は陸上部に所属。高校は事務所の先輩ナインティナイン・元ビッキーズのすっちーの出身校でもある大阪府立茨木西高等学校で、女子サッカー部に所属していた。

短期大学時代に初めて結成したコンビは中学の同級生である前野里美と組んだ「西中サーキット」(にしちゅうサーキット)という女性コンビで、ボケを担当。ネタ作りも行っていた。このコンビ名は、西中学校陸上部の練習メニューがこう言われていたことから名付けた。

NSC(吉本総合芸能学院)には入らずに、オーディションを受けて吉本入りした西中サーキットは2002年 ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞を獲得し、関東の深夜番組にも出演していたが、相方・前野の引退により解散。

2003年、「山崎二宮」を結成して間もなく、山里亮太(山ちゃん)に誘われ、「南海キャンディーズ」という男女コンビを結成。引き続きボケを担当するが、ネタ作りは山ちゃんに任せている。

髪型は、黒髪で通しているが、「西中サーキット」時代は金髪だった。趣味はボクシング、漫画、絵を描くこと。特にボクシングは近年趣味の領域を越えて本格的にアマチュア選手として取り組んでいた。

ボクシングは2007年から始めた。『あしたのジョー』を好み、ボクササイズも流行っていた頃であり、芸人の先輩たちも多くボクシングジムに通っていたということから興味があり、軽い気持ちで始めたという。初めてボクシングジムに連れて行ってもらい、練習を勧められたのはロバートの山本博だった。当初は趣味の一つとして始めたが、テレビドラマ『乙女のパンチ』への出演をきっかけに、ドラマのアクション指導を務めていたトレーナーの梅津正彦と出会い、指導を受けるようになった。その後タレント活動も並行しながら本格的にアマチュア女子ボクシング選手としての練習を始め、2009年2月にはC級ライセンスを取得。当初の階級はヘビー級だったが、日本国内にはヘビー級の女子選手が他におらず、なかなか試合が出来なかった

2015年6月、女子アジア選手権大会(中国)の代表に選ばれるが、8月1日に体調不良を理由に欠場を決めた。

2015年10月15日、「体力の限界」を理由に競技から引退したことが明らかになった。

西原村